UnderStory

組織の石垣が、何で軋んでいるかの記録

現場

盤面から降りても、幸せとは限らなかった

会社にいて、明らかに生き生きしている人が何人かいた。

共通点を探して、しばらく分からなかった。役職でもない、待遇でもない、部署でもない。あるとき、こう思った。この人たちは、競争の盤面に立っていないのではないか。

誰かと比べて自分がどこにいるか、という座標を使っていない。だから消耗しない。そういう仮説だ。

しばらくその仮説で見ていた。だんだん、合わなくなってきた。

二種類いた

生き生きしている人は、大きく二つのタイプに分かれていた。

ひとつは、仕事そのものだけを追っている人だ。愛社精神という言い方をされることもあるが、たぶん少し違う。会社が好きというより、目の前の仕事から目を逸らさない。無茶な振られ方をしても逃げない。とにかくパワフルだ。

いい意味で、純粋だった。

ただ、悪く言えば視野が狭い。そしてこれが厄介で、他の人間が見えていない。見えていないから、平気で人を潰す振り方をする。悪意はない。本人の中では、仕事に向かっているだけだ。

このタイプが多い職場を、私は見たことがある。全員が真剣で、全員が仕事だけを見ていて、そして全員が少しずつ誰かを削っている。

もうひとつは、技術そのものが好きな人だ。

話し出すと止まらない。こちらは一つ聞きたいだけなのに、十返ってくる。しかも結論ではなく、そこに至る過程を全部話す。

最初は面倒に感じていたが、途中から違うように見えてきた。あの人たちは、技術が好きなだけではない。それを分かってくれる人間に飢えている。話が止まらないのは、聞いてくれる相手が滅多にいないからだ。

つまり、彼らは孤独だった。

死んだ目をした人

仮説が完全に崩れたのは、ある課長を見たときだった。

その人は、明らかに前者のタイプだった。仕事だけを見ていて、比較の座標を使っていない。私の仮説が正しければ、消耗しないはずの人だ。

実際、しばらくは生き生きしていた。

あるとき、担当していた方向が上から切られた。小さくても価値の高いものを作る、という筋が、量を追う方へ寄せられていった。決めたのはその人ではない。

そこから、目が死んだ。

盤面から降りていても、関係なかった。比較していなくても、消耗していた。

そのとき分かった。変数は、盤面ではなかった。

裁量、というより

その課長が失ったのは、地位ではない。給料でもない。役職はそのままだった。

失ったのは、自分が決められる範囲だ。

そして、決められる範囲を失うと、何が起きるか。自分がやったことが、結果に接続しなくなる。何をどうやっても、方向は別のところで決まる。効いたか効かなかったかが、見えなくなる。

降りているかどうかではなく、因果が自分を通っているかどうかだった。

そう考えると、二つのタイプが生き生きしていた理由も説明がつく。仕事だけを追う人は、目の前のことに自分の手が届いている。技術を追う人は、自分の理解が対象に届いている。どちらも、自分と結果のあいだが繋がっている。

比較していないから幸せなのではない。繋がっているから幸せなのだ。そして比較は、繋がりを見えなくする要因のひとつではあるが、唯一の要因ではない。

比較で伸びる人もいる

もうひとつ、正直に書いておきたい。

競争の盤面に立っている人が、みんな不幸なわけではない。

椅子を取りにいく人は、たしかにいる。若い層に多い印象がある。視野は狭い。だが、あれで伸びる人がいるのも事実だ。誰かに勝ちたい、という動機で、実際に力をつけていく人を何人も見た。

だから、比較をやめろ、という話にはできない。比較が燃料になる人には、比較が要る。

私はそうではないだけだ。競争というものが、単純に好きではない。勝っても嬉しくないし、負けると腹が立つより先に、なぜこんなことをしているのかと思う。

降りるより、作りたい

では自分はどうしたいのか、というと、降りたいわけではないらしい。

盤面から降りるというのは、消極的な解決だ。今ある構造は変えられないので、そこから距離を取る。それはそれで有効で、実際そうしている人もいる。

私が惹かれるのは、そちらではなかった。競争でない場所を、作るほうだ。

椅子の数が決まっているから取り合いになる。であれば、椅子が増える場所であればいい。新しい仕事が生まれれば、新しい役割ができる。それは誰からも奪っていない。

そういう場所では、隣を助けることが自分の損にならない。むしろ、異なるものをつなぐこと自体が新しい椅子を作る作業になる。

理屈としては、そう思っている。

実際にそういう場所を作れるのかは、まだ分からない。作れたとして、それがどのくらいもつのかも分からない。うまくいけば人が集まってくるし、人が集まれば数が増え、数が増えれば、また椅子の話が戻ってくるだろう。

ただ、降りて距離を取るよりは、そちらのほうが自分に向いている気がしている。

あの課長の目が死んだのは、比較のせいではなかった。決められなくなったからだ。

だとすれば、必要なのは競争から降りることではなく、決められる範囲を持てる場所に移ることだと思う。