UnderStory

組織の石垣が、何で軋んでいるかの記録

現場

PCとライセンスは買える。人は買えない

三時からしか空いていない、と言われた。

直したいのは今だ。今直して、今検証したい。装置は目の前にあって、原因の当たりもついている。あとは制御の中身を一行見て、一行変えるだけだ。

だが、それができる人が、今いない。

もっとひどいときは、外部の会社に頼むことになる。来られるのは一週間後だ。その一週間、こちらは待つ。装置は止まったまま、あるいは中途半端に動いたまま置かれる。

立ち上げというのは、いくつもの工程が同時に走る。ひとつが止まると、その後ろで待っている全部が止まる。一週間は、一週間では済まない。

そういうことが、何度もあった。

原因はリソースだった。電気や制御を外に出していたり、社内にいても人数が足りていなかったりする。誰かが悪いわけではない。単に、足りていない。

そして気づいたことがある。

PCとライセンスは買える。人は買えない。

必要なソフトは、稟議を通せば手に入る。数十万円の話だ。だが、それを読める人間は、金額を書いても出てこない。育てるのに何年もかかるし、その何年をこの立ち上げが待ってくれるわけがない。

だったら、読めるようになるしかなかった。

図面から始めた。渡されたP&IDは、最初、何に何が書いてあるのかすら分からなかった。線が何本も走っていて、記号が並んでいる。どこから読み始めるものなのかも分からない。

やったのは単純なことで、図面を持って現場を歩いた。この記号は、実物ではこれだ。この線は、この配管だ。一つずつ突き合わせていく。地味な作業だが、これ以外に方法を思いつかなかった。

正直に書くと、今でも完璧に読めるわけではない。図面を見て頭の中に立体が立ち上がる、というところまでは行っていない。それでも、歩いた分だけは分かるようになった。

制御のほうも同じだった。シーケンスを開いて、動きと突き合わせる。ここでこの条件が成立すると、この出力が出る。実物のバルブが動く。それを何度も見た。

そのころ、手元で少し電子工作のようなことをしていた。趣味と言えるほど大したものではない。ただ、センサーとマイコンをつないで遊んでいるうちに、A/D変換がセンサー側で行われるのか、PLC側で行われるのか、といったことが「ふーん」という感じで入ってきた。

これが、思いのほか効いた。

現場で何かが動かないとき、症状は同じに見える。値が出ない、動かない、おかしい。だが中身は違う。ハードから来ているのか、ソフトから来ているのか。配線が絡んでいるなら、それは断線なのか、選定を間違えたのか、接点の問題なのか。

一つの「動かない」が、いくつかの別の顔に分かれて見えるようになった。当たりの付け方が変わる。

そして、一番変わったのは、そこではなかった。

断絶がなくなった。

読めるようになると、仕事の渡し方が変わる。それまでは、出口を叩いていた。動かない、直してくれ。すると直って返ってくる。こちらはその中身を知らない。

だが直った裏では、誰かが泥を啜っている。無理な段取りを組んだか、休みを潰したか、本当は設計から直したいものを応急で押さえたか。叩いた側には、それが見えない。見えないから、次も同じように叩く。

読めるようになると、それが拾えるようになる。どこがしんどいのか、何を先に渡せば楽になるのか、この頼み方は無茶なのかどうか。技術屋の側の事情を、多少は分かった上で話せる。

分かった上で頼むと、話が通る速度が変わる。相手も、こちらが分かっていることを分かる。そこから先は、もう待たされない。

図面や制御を読めるようになったことより、こちらのほうが大きかった。

ただ、正直に付け加えておくと、この種の力は、大きな組織ではほとんど評価されなかった。

境界を越えて話が通るようにする、というのは、誰の担当でもない。担当でないものは、評価表に欄がない。欄がないものは、どれだけやっても数字にならない。

だから私は、あまりそういう場所に向いていないのだと思う。