UnderStory

組織の石垣が、何で軋んでいるかの記録

現場

居室に、会話がない

最初に気づいたのは、音だった。

正確には、音がないことだ。

居室に人はいる。それぞれの席で、それぞれの画面を見ている。誰も喋っていない。日中ずっとそうで、聞こえるのはキーボードの音と、たまに鳴る電話くらいだ。

不思議なのは、同じ人たちが、実験室や現場に出ると喋ることだった。装置の前では議論になる。ものを挟むと、言葉が出てくる。

だから、みんな居室にいたがらなくなる。用がなくても現場に行く。私もそうだった。

なぜ喋らないのかは、しばらくすると分かってきた。地雷が多いのだ。触れてはいけない話題、蒸し返してはいけない経緯、名前を出すと空気が固くなる人。どこに埋まっているか分からないので、黙るのが安全になる。

沈黙は、安全策として合理的だった。

その間、数字は悪くなかった。

そもそも研究開発の部署は、当期の売上に直接ぶら下がっていない。会社の業績が良かろうと悪かろうと、こちらの日々はさほど変わらない。逆に言えば、こちらがどれだけ枯れていても、決算にはしばらく出てこない。

もっと構造的な話もあった。会社は、稼ぎ方そのものを変えようとしていた。新しい稼ぎ方の中心に、研究開発は入っていなかった。

つまり、頑張って何かを生み出したとして、それが会社の中心に接続する経路がない。新しい仕事が生まれれば新しい役割ができるが、その新しい仕事を作ろうという意思が、そもそも上のほうになかった。

伸びる理由がない、というのは、そういうことだ。

そして、人員構成を見ると、もっとはっきりしていた。

三十代が、ごっそりいなかった。

二十代はいる。四十代以上もいる。真ん中が抜けている。

三十代というのは、一通りの経験を積んで、他社を見る目ができて、まだ動ける年齢だ。つまり、比較する力と、移動する体力の両方を持っている。その層が、いない。

残った二十代は、他を知らない。だから「こんなものでしょう」と言う。本気でそう思っている。比較対象がないのだから、それは無理もない。

残った四十代以上には、動きにくい事情がある人が多い。だから、思うところがあっても口には出さない。

結果として、不満の声はほとんど上がらなかった。

これを、私はしばらく「落ち着いている」と誤解していた。違った。不満を持つ人が、先に抜けていただけだ。

静かな組織は、健全な組織ではない。言う人がいなくなった組織だ。

これはどの資料にも出てこない。離職率は数字になるが、「誰が抜けたか」は数字にならない。三十代が消えたことと、二十代と四十代が残ったことは、同じ「在籍人数」の中に溶けてしまう。

決算では、なおさら見えない。人が抜ければ人件費は下がるので、むしろ改善して見えることすらある。

そのころ、私が何をしていたかというと、戦ってはいなかった。

別の部署に、根を張ろうとしていた。管理系にも、工場にも。ここにいる意味がないと思ったので、意味のありそうな場所に移ろうとしていた。声を上げたわけでも、立て直そうとしたわけでもない。

戦っても意味がないことは、その前の職場で学んでいた。火は消しても記録されない。恩は返しても評価されない。境界を越えても、評価表に欄がない。あの環境から引き出せる結論は、ひとつしかなかった。

最終的に落ち着いた先も、志があって選んだというより、条件が噛み合って着地できる場所がそこだった、というのが正直なところだ。

だから私は、枯れていく場所を見ていた側であると同時に、静かに離れていった一人でもある。

三十代がいない、と書いた。

その三十代の一人が、私だった。