UnderStory

組織の石垣が、何で軋んでいるかの記録

現場

「何で?」

現場を見に行きたい、と言ったら、何で、と聞かれた。

その質問の意味が、しばらく分からなかった。

与えられたのは、工場からの改善依頼だった。設備を移すにあたって、事前に潰しておきたい問題がある。そういう相談が上がってきていた。

私が知っているのは、上司から聞いた話だけだ。何が起きていて、何が課題なのか。伝聞の伝聞である。だから、まず自分で見たかった。ついでに言えば、向こうの人と顔をつないでおきたかった。今後も何度もやりとりすることになるのだから、一度は行っておくべきだと思った。

距離は、車で三十分ほど。遠いところでも三時間。

止められることを、そもそも想定していなかった。

製造業に入った人間なら、三現主義という言葉を一度は聞かされる。現場に行け、現物を見ろ、現実を掴め。その三つを守れ、と。研修でも聞くし、標語としてあちこちに貼ってある。

だから、行きたいと言えば、行けるものだと思っていた。

何で、と聞かれた。

工数と費用。それが理由だった。行けば移動の時間が消える。交通費もかかる。その分、手を動かす時間が減る。だから、資料で足りるならそれでいい、と。

言っていること自体は分かる。往復一時間と、そのぶんの経費。数字にすればわずかなものだが、わずかであるがゆえに、削る対象として真っ先に挙がる。「なくても回るもの」に見えるからだ。

行かないまま、進めた。

結果として、かえって時間がかかった。

手元にあるのは、上がってきた情報だけだ。それが間違っているわけではない。ただ、どうにもピントが合わない。書かれていることは分かるのに、それが「何の問題なのか」に像を結ばない。

何が課題なのかが、いつまでも定まらなかった。だから原因の当たりもつけられない。仮説を立てては外し、また立てては外す。判断が遅れ、遅れた分だけ全体が延びる。

三十分を惜しんで、何ヶ月かを失った。

もっとも、いま振り返ると、失ったのは時間だけではなかったと思う。

後になって、いくつかの工場に足を運ぶ機会があった。そこで分かったことがある。

工場は、研究開発をあまり信用していない。

さもありなん、と思った。

現場が困って相談を上げているのに、相談された側は来ないのだ。来ないまま、資料を見て意見を返してくる。現場からすれば、実物も見ずに何が分かるのか、という話になる。

そして、信用されていない相手には、情報を出さなくなる。出しても仕方がないからだ。上がってくるのは、形式を整えた最低限の報告だけになる。

その報告を読んで、こちらはまた的を外す。外せば、もっと信用されなくなる。

回り続ける。

出張費を削ったことで、この輪が回りはじめる。だが決算のどこにも、そんな項目はない。減っているのは旅費交通費で、そちらは確かに改善している。失われた信用は、どの科目にも計上されない。

三現主義は、標語としては生き残っている。

工数としては、削られている。

そして、削ったことによる損失は、削った側からは見えない。見えないから、来期もまた削られる。