その一年だけ、昇給率が高い
立ち上げの仕事には、終わりがある。
設備が動いて、量産に乗って、事業部なり工場なりに引き渡す。そこまでが仕事だ。
引き渡したあと、自分がどうなるかというと、元いた場所に戻る。
渡した瞬間に、役割が消える
立ち上げのあいだ、私は工程の間を行き来している。設計と施工の間、機械と制御の間、現場と本社の間。誰の担当でもない隙間を拾って、繋いで回す。
その働き方が要るのは、まだ担当が決まっていないからだ。
引き渡しが済めば、担当は決まる。工程ごとに人がついて、日々の運転が始まる。そうなると、間を行き来する人間は要らない。
渡した瞬間に、役割が消える。
これは誰かの都合ではなく、そういう構造になっている。立ち上げは、既存のどこかに吸収されることを前提に組まれているからだ。吸収されれば、吸収された側の理屈で回る。横断していた人の席は、その理屈の中には用意されていない。
だから、横断の要らない場所へ戻る。
そこはもう、隙間の空いていない場所だ。
報酬は、その年で閉じる
では、その働きはどう報われるのか。
当年度の評価の枠に収まって、終わりだ。
その年の昇給率が、少し高くなる。それだけだ。二年、三年かけてやったことも、評価としては年度ごとに切られて、それぞれの年の枠に収まる。
一方、同じ部署にずっといる人は、同じ人に、同じ物差しで、続けて評価される。去年の続きとして今年が見られる。積み上がる。
横断する人の評価は、行った先ごとに切れる。前の現場で何をしたかは、次の場所ではほとんど参照されない。積み上がらない。
短期で見れば、そう不公平でもない。その年はちゃんと評価される。
長期で見ると、必ず負ける。
四十代中盤なら、報われる
面白いのは、これが誰にでも当てはまるわけではないことだ。
同じように横断して動いていた人でも、四十代の中盤を過ぎている人は、その後ちゃんと出世していた。
理由を考えて、たぶんこういうことだと思った。
既に自分の席を持っている人は、横断しても席が消えない。部長なり課長なりの立場のまま、外へ出て、戻ってくる。戻る場所が確保されている。
席のない人間が横断すると、戻る場所そのものがない。同じことをやっているのに、意味が違う。
地位のある人にとって横断は投資で、地位のない人間にとっては消耗になる。
これは能力の差ではない。順番の問題だ。先に席を取った人だけが、安全に外へ出られる。
家族が払っている
そして、代償の話をしておきたい。
横断で動くというのは、実際にはあちこちに飛ばされるということだ。国内の現場に行き、また別の現場へ行き、海外へ行く。そのたびに単身赴任になる。
その間、家にいない。子どもの時間は戻らないし、離れて暮らすことで家庭がうまく回らなくなる話も、周りでよく聞く。
そのぶんの手当は、言うほど厚くない。評価は、先に書いたとおり年度で切られる。
つまり、払っているのは家族で、返ってくるのは一年分の昇給率だ。
割に合っているかというと、合っていない。
選ばれない理由
こう並べると、なぜ横断型の人間が増えないのかは、はっきりしている。
評価制度がない。横断の成果を測る枠がなく、年度の枠に押し込まれる。
チームの形もない。恒常的な組織として存在せず、案件ごとに集められて、終われば解散する。
戻る場所も保証されない。引き渡せば役割が消え、隙間のない場所へ帰る。
そして代償は生活のほうに出る。
これだけ条件が揃っていて、それでもやりたい人がいるとしたら、たぶん物好きだ。実際、私はそちら側だと思う。
だが、制度としてそれを期待するのは無理がある。
前に、部署のあいだに道がない、という話を書いた。誰も壁を作っていないのに、種が渡らない。
道がないのは、たぶん、道を歩く人が損をするからだ。
歩けば席を失い、報酬は一年で閉じ、家族が代わりに払う。それでも歩く人を待っているうちは、道はできない。
橋を架けるより先に、渡った人が損をしない仕組みを作るほうが、たぶん順番として早い。