UnderStory

組織の石垣が、何で軋んでいるかの記録

現場

お金が稼げるから、価値がある

新しい種を持ち込んだ最初の打ち合わせで、いくら返るのかを聞かれた。

これから調べる、という段階の話だ。何ができるのかも、どこに使えるのかも、まだ分かっていない。それでも、投資に対してどれだけ返るのかの数字がないと、先へ進められないと言われた。

驚いたのは、それが特別なことではなかったことだ。

研究開発に配属された一年目から、収益率、収益率、と言われる。若い人ほど、そういうものだと思って育つ。

道具としては、悪い指標ではない。限られた金をどこに置くかを決めるとき、返りの見込みを比べるのは当たり前だ。私も使う。

ただ、これが道具ではなく絶対の物差しになっている場合、話が変わってくる。

一年目からその目で育った人は、たぶん、それ以外の見方を持たないまま二十年を過ごす。あとから研究の側に戻ることが、できるのだろうか。そう思って、少し怖くなった。

事業部が受け取らないものは、始められない

なぜそうなるのかは、構造を見ると分かる。

うちの研究開発は、成果を事業部に卸すことが前提になっている。作ったものを、既存の事業を回している部署が引き取って、事業にする。それ以外の出口が、ほぼない。

だから、事業部が受け取る形をしていないものは、最初から始められない。

そして事業部と話すときの共通言語は、金だ。どれだけ売れるのか、どれだけ利益が出るのか。技術の面白さも、社会の側の必要も、その言語には翻訳しにくい。

例外がひとつだけあって、経営トップが直接動く場合は通る。権力で審査を飛ばせるからだ。

つまり、金で語れるか、上が押し込むか。道は二本しかない。

そのどちらにも乗らないものは、種のうちに消える。

二つの会社で、因果が逆だった

前にいた会社でも、価値の話はよくしていた。

そこで問われていたのは、世の中にとってこれは何なのか、だった。誰が困っていて、どう解けるのか。それが分かれば、金は後からついてくる。だから先に金を出す意味がある。

価値が、お金を生む。そういう順番だった。

いまの会社は、逆になっている。

お金が稼げるから、価値がある。

言葉としてはよく似ている。だが向きが違うと、できることが変わる。

価値が金を生むと考えるなら、まだ金になっていないものに投資できる。金は結果なので、先に出すのは当然だ。

金が稼げるから価値がある、と考えるなら、すでに金になっているものにしか投資できない。金になっていないものは、その定義では価値がないからだ。

だから何が起きるかというと、始まったばかりのものが、原理的に通らなくなる。まだ稼いでいないから価値がなく、価値がないから投資されず、投資されないから稼げるようにならない。

未来の話が、できなくなる。

新しい役割が生まれない、というのも、たぶん同じところから来ている。新しい事業が立たなければ、新しい椅子も生まれない。椅子が増えなければ、上がるには誰かが動くのを待つしかない。

響いたことも、あった

一度だけ、金の話ではないところで反応があったことがある。

外部の講演で聞いてきた、政策の方向の話をしたときだ。これから制度がこう動く、という内容で、そのときは上も含めて関心を持って聞いてくれた。

ただ、いま思うと、あれも結局は金の話として聞かれていたのだと思う。制度が動けば補助が出る。補助が出るなら、それは有利だ。分かりやすくメリットがあったから、聞いてもらえた。

金の言語に翻訳できるものは、通る。できないものは、通らない。

例外に見えたものが、例外ではなかった。

応募すら、しなくなった

ここまで会社の話をしてきたので、自分の話も書いておく。

毎年、社内でテーマを募集する仕組みがある。新しいことをやりたい人が手を挙げる場だ。

私は、応募していない。ここ数年、一度も出していない。

理由を自分で考えてみて、少し意外だった。

当初、私が怖がっていたのは、収益率の物差しを自分が内面化してしまうことだった。これは通らないから言わない、と自分で先に判断するようになったら終わりだ、と思っていた。

だが実際に起きたのは、それとは違う。

私が出さない理由は、やっても人のつながりが広がると思えないからだ。

労力に見合った成果が得られない、というのもある。だがそれ以上に、あの場に出しても、社外の誰かと繋がることも、新しい相手と組むことも、たぶん起きない。閉じた場の中で、閉じた基準で評価されて終わる。

そう思っているので、出していない。

物差しを内面化したのではなかった。ここでは何をやっても外に開かない、という判断を内面化していた。

それを認知的降伏と呼ぶなら、私はとっくに降伏している。

未来がない、というのは

念のため書いておくと、この会社が潰れるとは思っていない。

既存の事業は回っているし、稼いでもいる。金が稼げるものに投資する、という判断は、短期的にはたいてい正しい。

ただ、研究開発として成長するとは思っていない。

金が価値を定義している場所では、まだ金になっていないものを育てられない。育てられなければ、次の柱は社内から出てこない。出てこなければ、いまの柱が細ったときに替えがない。

そのときが来るのは、たぶんずっと先だ。私がいるあいだには来ないかもしれない。

だが、来ないと分かっている場所で、来るはずのものを待つ理由はない。

私が未来を感じないというのは、それだけの話だ。